カテゴリー別アーカイブ: Cahier 思索日記

脱成長、脱植民地主義、複数の未来


脱植民地性(decoloniality)をテーマにした新しい雑誌

この度、小生へのインタビューが収録された雑誌『Decolonize Futures 複数形の未来を脱植民地化する』第2号が刊行されました。日本語・英語のバイリンガルで編集されています。

この雑誌は、2024年1月に創刊されました。雑誌のテーマは、脱植民地性(decoloniality)。ポストコロニアリズム、先住民運動、フェミニズム、気候正義運動など、脱植民地化をめぐる様々な問題群を扱います。雑誌の編集は、気候正義運動などに参加したことのある若手が手掛けています。今年1月に小生が主宰した研究会では、編集者の一人・酒井さんが、雑誌創刊に至る経緯を報告してくださいました。

毎号、脱植民地理論(decolonial theory)の専門家や実践家たちのインタビューを掲載しています。創刊号では、ニューヨーク市立大学リーマン校のラローズ・T・パリス教授の講演録が掲載されました。

脱成長と脱植民地主義:社会デザインの二大思潮の対話

第2号のテーマは脱植民地化と環境危機。小生は脱成長の視座から脱植民地主義の思想と実践に接近しています。インタビューでは、第二次世界大戦後の国際開発の歴史を振り返りながら、脱植民地主義をめぐる議論を4つの段階(政治、経済、文化表象、知識)に分けて整理しています。その上で、新自由主義と消費社会のグローバル化の関係、脱成長の主要テーマ、日本の脱成長/脱植民地主義の思潮について議論しています。

では、ここでインタビューの内容を少しだけ抜粋して紹介しましょう。

「長年フランスの脱成長論を追いかけている私から見ると、脱成長は本来、知の脱植民地主義を志向する思想であり社会運動です。」(『Decolonize Futures』Vol. 2, 45頁)

「学問の言葉が実際の社会運動を支配しない方が健全で、むしろ両者は相互に影響を与え合うけれどそれぞれが自律的であることが大事であると思います。」(『Decolonize Futures』Vol. 2, 49頁)

「学問、なかでも社会科学のような学問は何のためにあるかというと、一人一人の詩的なイマジネーションの自由な働きを社会生活の中で担保するために、支配的な物の見方や言葉と戦うためのツールを提供するためにあるのだ、と私は考えています。」(『Decolonize Futures』Vol. 2, 51頁)

話題は多岐にわたりますが、インタビュー全体を通して、脱成長のメイン・テーマである「想像力の脱植民地化」について様々な角度から触れています。

雑誌は電子版とプリント版の両方が利用可能です。

新刊『脱成長がもたらす働き方の改革』


2023年11月末に拙訳『脱成長がもたらす働き方の改革』(セルジュ・ラトゥーシュ著、白水社)が刊行された。テーマは「労働と脱成長」。後期近代社会における労働パラダイムの危機から抜け出す道として脱成長を論じている。

原題は、Travailler moins, travailler autrement ou ne pas travailler du tout : labeur et décroissance (Paris, Editions Payot & Rivages, 2021)。直訳すると、「より少なく働くか、別の方法で働くか、もしくはまったく働かない──労働と脱成長」となる。脱成長がもたらす労働の意味の地平の変容を、3つの段階でに分けて考察している。

各章は原題で示される各段階に対応しており、議論は「より少なく働く」(第1章)、「別の方法で働く」(第2章)、「まったく働かない」(第3章)、「その後」(エピローグ)と進む。著者ならではのエスプリ(機知)に富んだ構成である。

詳細は訳書に付した解説を読んで頂きたいが、この思索日記では読解の手助けとなる補助線を紹介しておこう。


1.後期近代の労働の在り方を問う。

まず、本書で考察の中心となるのは、後期近代社会における労働の在り方である。欧米先進諸国では1970年代以降、賃労働は尊厳ある生活を保障する条件ではなくなってきている。特に新自由主義イデオロギーの下で導入された労働市場の規制緩和は、労働の不安定化/フレキシブル化を加速化させ、産業革命期を彷彿させる新たな階級問題を生じさせている1

本書で著者は、1980年代以降の現代フランス政治における労働政策の迷走ぶりを批判しながら、労働中心主義的な社会から抜け出す道を模索している。著者が主に依拠するのは、ポリティカル・エコロジーの先駆者アンドレ・ゴルツの著作だ。エコロジーと社会主義を融合させながら脱労働中心社会の道を模索するゴルツの思想を、気候危機の克服を目指す脱成長シナリオの中で深化させようとしている。

第1章「より少なく働く」では、ゴルツの1991年の著作『資本主義・社会主義・エコロジー』(原題:André Gorz, Capitalisme, Socialisme, Ecologie, Paris, Gallée, 1991)を援用しながら、従来の気候変動対策の議論がしばしば陥る「環境か、雇用か」という二項対立図式を乗り越えようとする。左派の社会民主主義者が提案するケインズ主義的な消費刺激策に代わって脱成長が提案するのは、法定労働時間の大幅短縮による自由時間の増加、そして経済の再ローカル化による環境負荷の低い地域社会の構築だ。生活の中で労働時間の占める割合を大胆に削減し、消費依存から脱却することで、生活の質と地球の健康(プラネタリー・ヘルス)を同時に高める戦略である。

この章の議論はゴルツの著作に頼りすぎている嫌いがあるものの、著者独自の思考に光るものがある。特に「脱成長の8つの再生プログラム(8R)」を労働政策の文脈で変奏する箇所は、読者の想像力を刺激するにちがいない。例えば『脱成長』(拙訳、白水社クセジュ、2020)で「8R」は理念型として紹介されるに過ぎなかったが、本書では労働政策と生活の質を転換するための戦略として、より具体的な文脈で議論されている。訳者である私が巻末の解説で本書を「脱成長の各論」と形容したのも、このような理由からだ。

第2章は南側諸国(特に西アフリカ社会)のインフォーマル経済/労働の考察を通じた労働パラダイムの脱構築である。ラトゥーシュの著作に慣れていない読者にとっては、この章がもっとも読みにくいかもしれない。しかし、アフリカ研究者だった著者にとって、この章で展開されているインフォーマル労働をめぐる認識論的考察こそが、彼の思想の原点であると言えるだろう。解説・訳注を参照にしながら是非読んで頂きたい。

第3章は技術革新と労働の問題である。新自由主義社会の下で支配的な言説は、新技術の普及による労働の終焉というテーゼである。右派も左派も囚われているこのテーゼを、著者は脱成長の観点から批判的に検証している。特にCOVID-19のパンデミック以降急速に普及するテレワークの負の影響をグローバル・ヒストリー/グローバル政治経済学の視座から明るみに出している箇所は、はっとさせられるものがあるだろう。

フランスや日本をはじめ、多くの先進諸国ではテレワークによる働き方改革を肯定的に捉える世論が強い。だが、この趨勢に反して、著者はテレワークのプラスの面を認めつつも、その負の側面を先進国内やグローバル経済における格差と不均等性に注目して検証している。後期近代資本主義社会における新たな階級問題を念頭に置くからこその議論だと言える。

本書におけるラトゥーシュの議論の背景を理解するためには、ドイツの社会学者ウルリッヒ・ベックの『リスク社会』(原題:Ulrich Beck, Risikogesellschaft, Suhrkamp, Frankfurt,1986/ 英訳 The Risk Society: Towards a New Modernity, London: SAGE Publication, 1992)が参考になる。特に労働とリスク社会に関する章を重点的に読まれたい。

また、ハルトムート・ローザ著『加速する社会:近代における時間構造の変容』(出口剛司・監訳、福村出版、2022)(英訳:Hartmut Rosa, Social Acceleration: A New Theory of Modernity, New York: Columbia University Press, 2015)は、リスク社会論やニコラス・ルーマンの社会システム論を「社会システムの加速化」という視座から再フレーミングする重要書だ。『加速する社会』では、グローバル化による社会的加速によって引き起こされる生活の変容が考察されている。後期近代の労働問題の深度を理解する手引きとなるだろう。


2.弁証法で進む著者の論理的思考を追う

本書は私が翻訳を手掛けたラトゥーシュの著作の中でも、特にとっつきにくい内容だと思う。主な理由としては、現代フランス政治、特に労働政策をめぐる論争の歴史的背景に関する予備知識が必要であることが挙げられる。この点については、訳注と解説で可能な限り背景を説明した(もちろん、専門的な目で見ると、最新の社会運動や政策論争の細かな動きの説明が不足しているだろうが・・・)。

しかし、それだけではない。本書のとっつきにくさの大きな要因は、著者の論理的思考にあるのではないだろうか。本書で著者は、弁証法の手法を全面的に取り入れている。自身のテーゼ(脱成長)を確立するために、まず、各トピックに関して反テーゼ(学問/政策における論敵)を措定し、それらを論駁しながら段階的に自らのテーゼの全体を明らかにしようとしてする。時にはそれが仲間であるはずの他の脱成長論者を批判する形で展開するために、読者は著者の議論の展開を追うのに忍耐力を必要とする。特に今回の内容は、現代フランス政治における労働問題という特殊領域であるゆえに、論旨を把握するのに苦労するはずだ。

名古屋大学の渡邉雅子氏は、近著『「論理的思考」の社会的構築』(岩波書店、2021)において、第二次世界大戦後のフランスの学校教育で弁証法による論述が思考のスタイルとして定着するようになった歴史的背景、および弁証法的論述の特徴を、フランス革命後の同国の学校教育の発展史を踏まえて研究している。渡邊氏によると、フランス語の弁証法的論述では、自身のテーゼとかけ離れ過ぎない程度の反テーゼを複数措定し、それら異なる視点と対話を進めることで徐々にテーゼを確立するスタイルをとる。そのため、弁証法で書かれたフランス語文章には「alors que(~の一方で)」「mais(だが、しかし)」といった表現が多用され、自身のテーゼを反テーゼで返したり、その逆を行ったりなど、様々な迂回を経て議論が進むという。つまり、議論が直線的には進まないのである。

実際、本書でラトゥーシュはかつてないほど「alors que」「mais」「même si」という表現を多用し、一文の中で視点が二転三転するような文章を書いている。さらに動詞も条件法現在が頻繁に登場し、断定的な判断を避けるニュアンスを置いた推測的表現が使われている箇所が多い。

したがって、各章で展開される弁証法的論述の構造を掴めば、著者の議論の行き先を見失うことなく本書を読み進めることができるはずである。

  • 序章・・・ 反テーゼ:現代フランス政治、特に第1次マクロン政権における労働政策
  • 第1章:より少なく働く
    • 反テーゼ(1):主流派経済学/第1次マクロ政権の経済政策
    • 反テーゼ(2):フランス社会民主主義の代表クリストフ・ラモーのケインズ主義的対案
    • 反テーゼ(3):一部の脱成長派の分析に欠ける議論
    • 反テーゼ(4):仏政府・欧州連合のエコロジカル・トランジション政策
  • 第2章:働き方を変える
    • 反テーゼ(1):自由主義者ヘルナンド・デ・ソートのインフォーマル経済論
    • 反テーゼ(2):マルクス主義経済学者のインフォーマル経済論
    • 反テーゼ(3):新自由主義の下でのアソシエーション運動(連帯経済、サード・セクター経済 etc)
  • 第3章:まったく働かない
    • 反テーゼ(1):人工知能(AI)など技術革新による労働の解放というテーゼ(特に、ジェレミー・リフキンの「労働の終焉」テーゼ)
    • 反テーゼ(2):左派資本主義批判における技術至上主義的言説(マルクス、ゴルツ、エリュール etc)
    • 反テーゼ(3):ミルトン・フリードマンの新自由主義的ベーシック・インカム論
    • 反テーゼ(4):欧州左派のベーシック・インカム論
    • 反テーゼ(5):脱成長派のベーシック・インカム論
  • エピローグ:その後
    • 反テーゼ:崩壊学派(collapsologie)の文明崩壊論

以上の構成を念頭に置きつつ、さらに訳注と解説を手引きとすれば、本書の内容をかなり把握することができるはずだ。読解の手引きとされたい。

中野佳裕

2023. 12. 17.


  1. フランスにおける新たな階級闘争の構造については、エマニュエル・トッド『21世紀フランスの階級闘争(未邦訳)』(原題━Emmanuel Todd, Les Luttes de classes en France au XXIe siècle, Paris: Le Seuil, 2020)が手引きとなる。 ↩︎