制作にまつわるエトセトラ

本書の制作は、出版社コモンズの編集長・大江正章さんとのコンヴィヴィアルな会話から生まれました。

2017年4月の初めの頃。既に他の出版社の別の出版企画(*)のために書き下ろしていた「カタツムリの知恵と脱成長」という論考について、大江さんとざっくばらんに話していました。

この論考は数年前、大学講義や市民講座でローカリゼーションの思想的背景をわかりやすく伝える思考実験の中から生まれました。きっかけは、レオ=レオニの作品との予期せぬ出会いです。彼の『せかい いち おおきな うち』を読んだとき、私の想像力と執筆意欲は高まり、この論考の草稿を一気に書き上げることができたのです。それから手直しを何度か加えましたが、最初期の執筆の勢いやイマジネーションの発露の瞬間のようなものが文章の端々に残っていて、私自身とても気に入っている、大切な論考となりました。

それだけ思い入れのある文章だったので、この論考を中心に据えた単著を自分が全面的にプロデュースしてつくりたいという強い意志がこみ上げてきたのです。その思いを率直に伝えると、大江さんは「是非、やりましょう」と即答。それから足掛け6か月にわたる執筆&編集作業を経て、『カタツムリの知恵と脱成長──貧しさと豊かさについての変奏曲』は完成しました。

この企画が成立するまで、私は研究者であることへの妙な固定観念というか、こだわりのようなものに幾分か囚われていました。例えば、初の日本語による単著は、学術的な作法に則った専門性の高い研究書にしなければならないとか、研究者業界に受け入れられる文体で執筆しなければならないとか、自分の個人的な経験についてはあまり語らないほうがよいとか・・・。

けれども、いよいよお気に入りの論考を中心に単著を執筆するとなったとき、そんなこだわりはもうどうでもよくなりました。むしろ、自分がこうしたいというスタイルの本を思う存分に作ろうと心に決めたのです。

本書の制作にあたって心掛けたのは、カラフルでリズミカルな思想書を創ることです。言葉には特有の色彩、音、リズムがあります。そして言葉を介して物を考える営みには、論理に還元されえない次元があります。言葉はそれ自体が多様な色や響きをもっているのだから、人間の思考や文体には、必然的に絵画的で音楽的な表情が出てきます。それらがうまく節合すれば、文章は演劇やダンスのようなパフォーマンスを発揮します。言葉や思考の持つ表現的な側面を抑制するのではなく、むしろ積極的に解放していく躍動感をもった本を作りたいと思いました。

執筆については、音楽CDのレコーディング作業をイメージして取り組みました。第1章を先行シングルかつアルバムのタイトル・トラックという位置づけにして、それを本のメイン・タイトルにしよう。これが編集長と最初に決めた事でした。

次に考えなければならなかったのは、各章をどのように進めていって、どのように全体を着地させるか、そのための仕掛けをどうするかでした。第1章はレオ=レオニの絵本作品から話を始めています。つまり絵本のイメージの世界から得られるインスピレーションを基に、言葉を組み立てています。そこで、本書を締めくくる最後のパートは、言葉から再びイメージの世界へと還っていく構成にしようと思いました。最後のエピローグにどのような絵画的な瞬間を登場させるかを思いつくのに、そう時間はかかりませんでした。レオ=レオニの有名なあの作品、そう、『スイミー』しかありませんでした。

イメージの世界から言葉を組み立て、イメージの世界へ還っていく、そのプロセスをリズミカルに展開していこう・・・こうして全体の構成が決まった後は、執筆に集中するのみとなりました。

本書は、プロローグとエピローグの間に四つの章が収められています。第1章から第3章は比較的長尺ですが、各章の間にIntermezzoと題して短いエッセイを挟んでいます。そうすることで、本全体の流れに緩急をつけました。

また、各章の扉も著者がデザインしました。扉には章の内容に関連する画像が掲載されていますが、その多くは著者が過去に参加した社会運動の現場や、著者に所縁のあるローカルな生活風景を収めたものです。

152頁と短い作品ですが、様々な方向から楽しめる本に仕上がりました。本書が少しでも楽しい読書体験を提供することができたなら、著者の願いはかなえられたといえるでしょう。

中野佳裕(NAKANO, Yoshihiro)

2017年11月30日


*高野雅夫編著『持続可能な生き方をデザインしよう──世界・宇宙・未来を通して今を生きる意味を考えるESD実践学』明石書店、2017年。同書の第2章に収録されている。なお、今回の単著への収録に当たっては、一部を加筆修正し、文体を整え直した。また、単著への再収録に関して、明石書店の大江道雅様と編者の高野雅夫先生からご快諾頂いた。この場を借りて、改めてお礼を申し上げたい。

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