Photos & Topos 2016-2017

December, 2017

©Yoshihiro Nakano

2017年11月6日から24日まで、上智大学図書館で開催された「善く生きるための経済を考えるブックフェア」。上智大学グローバルコンサーン研究所の企画です。ラテンアメリカに出現している新しい豊かさの考え方「ブエン・ビビール=善く生きる」に関連する国内外の書籍を、所員が知恵を絞り合って紹介。協同組合、フェアトレード、補完通貨、地産地消など、具体的トピックに沿って様々な本が紹介されていました。


November, 2017

©Yoshihiro Nakano

2017年11月11・12日。「幸せの経済世界フォーラム in 東京」が開催。Local is Beautifulをテーマに、世界各地のローカリゼーションの実践家&理論家が集まった。1日目の基調講演では、ヘレナ・ノーバーグ=ホッジがローカリゼーション5原則を提唱。「つながる(Connect)」「活動を重視する教育を推進する(Activism Education)」「抵抗する(Resist)」「再生する(Renewal)」「祝福する(Celebrate)」。


October, 2017

©Yoshihiro Nakano

2003年1月、ブラジルのポルトアレグレ。第3回世界社会フォーラムのオープニング・デモには、中南米の先住民族の権利を求める団体が参加していた。その後、新自由主義グローバル化に対する先住民族の抵抗運動は盛り上がり、ボリビアやエクアドルでは、アンデス先住民族の生活思想を反映した「ブエン・ビビール/ビビール・ビエン(善く生きる)」という社会目標が注目されるようになった。自然と地域コミュニティの調和を重視する思想だ。


September, 2017

©Yoshihiro Nakano

2年前に閉店した実家の和菓子屋で使われていた道具のひとつ。材料の重さを測るのに、江戸時代から使われていた分銅を使用。単位はキログラムではなくて貫目。職人さんたちは数値で視覚的に重さを確かめるのではなく、身体感覚で覚えていた。伝統的な物づくりの環境の中で暮らしていた私にとって、経済活動は身体知に根差した制作活動に他ならなかった。


July-August, 2017

©Yoshihiro Nakano

牛島(うしま)。山口県の瀬戸内海に浮かぶ小さな島。実家のある室積半島から連絡船で20分ほどの距離。瀬戸内海の暮らしは、陸と海(島)の両方から見なければわからない。「地域」といえば、一個の自治体や土地空間で仕切られた閉鎖的な共同体を思い浮かべる、と言われることがある。けれども私が子供の頃から経験的に有している地域のイメージは、瀬戸内海に広がる半島や島嶼部の交易の歴史が想起させる、開かれたネットワークのそれである。玉野井芳郎の地域主義と出会ったとき、彼の文章から真っ先に思い浮かべたのは、故郷から見える瀬戸内海の姿だった。


June, 2017

©Yoshihiro Nakano

2000年6月。ジュネーブで開催された第2回国連社会開発サミット初日の様子。新自由主義グローバル化に反対するデモがジュネーブの街からサミット会場まで行われた。ジュビリー2000運動が佳境に入っていた時期で、このデモでも途上国債務帳消しを訴える声が多く発せられていた。1999年にシアトルで起こった反WTOの暴動を切っ掛けに、世界中で新自由主義グローバル化に対する抵抗運動が盛り上がっていた時期である。私にとって、反グローバリズムの運動との最初の出会いとなった貴重な一日。


May, 2017

©Yoshihiro Nakano

東京都あきる野市にある五日市憲法記念碑。明治初期に現地の住民によってつくられた私擬憲法草案の歴史と記憶を静かに物語っている。五日市憲法草案は、1968年に歴史学者・色川大吉によって発掘されたことをきっかけに、注目を浴びるようになった。当時は日本の各地でこのような私擬憲法草案が作られていた。立憲民主主義の息吹は、民衆世界に広く浸透していた。


April, 2017

©Yoshihiro Nakano

2006年5月、英国南部の街ブライトンの市立図書館前広場で、「津波以後(After the  Tsunami)」と呼ばれるエキシビジョンが開催された。2004年12月のスマトラ島沖地震・津波の記憶と記録を伝える写真展。市民のコモン・スペース(共的空間)に立ち現れた、遠く離れた場所に暮らす人々への共感のアート。


March, 2017

©Yoshihiro Nakano

2005年6月に訪れたフランス中部の街リヨン。「脱成長のための行進(La marche pour la décroissance)」というシンポジウムと社会運動に参加するためだった。リヨンには、19世紀から労働運動や前衛芸術運動の拠点となっているカルチエがあり、フランスの脱成長運動の母体となるアソシアシオンも、2000年代初頭にそこで結成された。脱成長が市民社会の自律自治運動の流れをくむことがよくわかる。このシンポと社会運動には、イランの哲学者マジード・ラーネマ、フランスの哲学者アルベール・ジャッカール、ポール・アリエス、セルジュ・ラトゥーシュ等が参加。彼らの声を直接聞く良い機会となった。


February, 2017

©Yoshihiro Nakano
©Yoshihiro Nakano

NPO法人PARC自由学校で担当している「新しい経済学と豊かさを学ぶゼミ」(通称「豊かさ」クラス)。2015年度秋には、フィールドワークとして栃木県の非電化工房を訪問した。写真は非電化の冷蔵庫。ほかにも省電力・非電化の様々な道具や建築を見ることができた。伝統技術と最新のエコロジーの知識が組み合わさることで生まれる「コンヴィヴィアルな道具」の数々に感動。環境に負荷をかけずに生活をデザインするアートは、二つの「そうぞうりょく=想像力+創造力」によって無限大に拡張されるのだと知らされた一日だった。


January, 2017

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copyright: Yoshihiro Nakano

田舎で江戸時代末期から作られていた伝統和菓子「鼓の海」。2015年大晦日に約170年の歴史を閉じた。写真は正真正銘、最後に作られた一品で、ちょうど一年前の2016年の正月に頂いた。以後、鼓の海は製造されていない。この和菓子を手に取る度に、製造に必要な道具と素材を提供してきた瀬戸内海流域の職人文化と技術、江戸時代の海洋交流の歴史、暮らしと仕事と風土が一体化した伝統建築のエコロジカルな空間を思い出す。大量生産・大量消費とは異なる生活と生業の形は、21世紀の初めまで維持されてきた。経済の多様性や地域主義への気づきは、こういうところからも現れるのかもしれない。


December, 2016

copyright: Yoshihiro Nakano
copyright: Yoshihiro Nakano

2003年11月にパリで開催されたヨーロッパ社会フォーラム。メイン会場のアリーナの入り口。この場所以外にも、郊外のサン=ドニ地区のスタジアムや大学の教室を借りて、新自由主義グローバル化の問題について議論する様々なパネルが設けられた。当時の大きなテーマは、イラク戦争と〈帝国〉。解放されたアントニオ・ネグリもイタリアから駆け付け、演説を行った。


November, 2016

©Yoshihiro Nakano
©Yoshihiro Nakano

東日本大震災発生から1か月後の2011年4月11日に全国規模で開催された脱原発デモ。鎌倉では住民を中心に「イマジン 原発のない未来」というデモが行われた。原発のない社会を想像してみよう、という未来志向のメッセージ。多幸感あふれる、祝祭的なデモだった。


October, 2016

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Copyright: Yoshihiro Nakano

生まれ故郷の慣れ親しんだ風景。海岸線をつたってたどり着く隣の街は、地域主義の提唱者・玉野井芳郎の故郷。その先の周防大島では、宮本常一が生まれ育った。水平線の先には室津半島と祝島、晴れた日には大分県国東半島、愛媛県も眺めることができる。瀬戸内海流域の生態系と歴史文化──私が開発・発展の問題を思想的に考えるようになった原点はここにある。理屈ではなく、身体に染み付いた原風景として…。今月上旬に刊行される『21世紀の豊かさ』所収の書下ろし論文の原風景は、ここにあるのかもしれない。


September, 2016

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Copyright: Yoshihiro Nakano

2010年9月5日に大阪で行われた「生物多様性パレード」。リズムや歌に合わせて踊りながら行進するパレードは祝祭性にあふれるものでした。「多様性が尊重する社会」を目指し、参加者は、米軍基地建設や原発建設で揺れる辺野古と祝島の生物多様性の保護を訴えました。パレードの経験は、「脱成長の正義論」(勝俣誠、マルク・アンベール編、『脱成長の道』コモンズ、2011年)執筆のモチーフとなりました。

July-August, 2016

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© Yoshihiro Nakano

今からちょうど6年前の2010年7月に、セルジュ・ラトゥーシュの初の邦訳本『経済成長なき社会発展は可能か? 〈ポスト開発〉と〈脱成長〉の経済学』が出版されました。出版記念講演を行うために初来日を果たした著者と一緒に訪問したのが京都の竜安寺でした。有名な石庭の裏庭に置かれてある蹲踞には、「吾唯知足」(ワレタダタルコトヲシル)という文字が刻まれています。ラトゥーシュはこの蹲踞を印象深く眺めていました。というのも、この言葉から想起される「簡素な豊かさ(abondance frugale)」という生活倫理は、脱成長論の中心的価値だからです。2013年に刊行された訳書『〈脱成長〉は、世界を変えられるか?』の日本語版序文には、この時の思い出が綴られています。


June, 2016

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Copyright: Yoshihiro Nakano

2004年1月、第4回世界社会フォーラム(ムンバイ)の会場には、日本国憲法に刻まれた世界平和の理想を伝えるウォール・ペイントが。当時、日本社会には、新自由主義的な経済改革の下で格差の拡大が顕在化しつつあると同時に、憲法9条の危機も迫っていた。


May, 2016

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©Yoshihiro Nakano

2004年1月、インドのムンバイで開催された第4回世界社会フォーラムにて。反グローバリズムの運動は、前年3月に始まった英米主導のイラク戦争を糾弾する大規模デモと融合し、一段と大きなうねりとなった。折しも日本では平和憲法の危機が高まっており、フォーラム最終日には、世界中から集まった参加者たちと反戦・護憲のメッセージボードのリレーを行った。


April, 2016

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©Yoshihiro Nakano

2003年1月。ブラジルのポルト・アレグレ。第3回世界社会フォーラムの会場では、水の民営化に反対するストリート・パフォーマンスが参加団体によって行われていた。当時のラテンアメリカでは、ボリビアやエクアドルなどで新自由主義的政策による水の民営化が深刻な社会問題を引き起こしていた。反グローバリズムの運動は、コモンズを守るための運動でもあることがわかる。


March, 2016

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©Yoshihiro Nakano

2003年1月、ブラジルのポルト・アレグレにて。第3回世界社会フォーラム(WSF)には、世界中から10万人以上の市民団体・個人が集まった。当時、ブラジルでは労働党のルラ大統領が就任したばかり。写真は、WSFの野外開場にかけつけたルラの演説を聴く人々。会場に詰め掛けた若者たちが、「俺たちのルラだ。」と、うれしそうに熱狂していた姿が印象的だった。

 


 

中野佳裕の研究室 Yoshihiro Nakano's Web Office