先日刊行された『日仏経済学会Bulletin』33号に、訳書『脱成長』(S・ラトゥーシュ著、白水社クセジュ、2020)の解説論文を寄稿しました。同書収録の「訳書あとがき」では、著者の仕事の入門的な紹介に力点を置きましたが、この解説論文では、訳書の詳細なテクスト分析を通じて鍵概念の哲学的含意を明らかにし、文化理論としての脱成長の思想的背景を解読しています。
特に心掛けたのは、著者が原文で用いるフランス語独特のレトリックや言葉のエコノミーを明らかにすることでした。というのも、近年、脱成長は英語で「degrowth」という造語で流通するようになっていますが、それだとフランス語の「décroissance」に込められた多次元的な意味内容や思想文化の風景を伝えることができません。「degrowth」と表現すると、どうしても「経済規模の縮小」「消費活動の抑制」といった量的な減少(しかも経済学的な意味)が前面に出てしまいます。他方でフランス語の「décroissance」には、社会の質的変形(meta-morphose)を促す多元的な意味の広がりがあり、もっと文学的で柔軟なニュアンス、たとえば倫理学・場所論・風土論・身体論・感性論・時間論なども射程に入ってきます。
脱成長の思潮は、大きく分けて文化理論とエコロジー経済学の二つの潮流で構成されています。ラトゥーシュは文化理論の立場から脱成長論を展開しており、訳書においても特色は存分に表れています。この論文では、当初文化理論の性格が強かった脱成長論が、国際的研究の広がりと2008年米国発金融危機以降の時代状況の変化の中で、制度・政策のデザインへと軸足が移行してきている点に注目し、最近の研究動向をまとめています。脱成長は長期的な文明移行プロジェクトとして始まりましたが、この10年は喫緊の課題として、脱新自由主義社会に移行するための具体的な制度変革が重視されています。公共サービスの再公営化や女性の政治参加を推進する欧州ミュニシパリズムの運動が、最近の脱成長研究の中で注目されているのもそのためです。
本稿では、脱新自由主義社会の制度デザインに向かう近年の脱成長研究を積極的に評価しつつも、多元世界に導くための文化理論アプローチの有効性も(その限界を指摘しつつ)主張しています。しかしそれでもなお、紙幅の関係で、脱成長の文化的次元と政治的次元の弁証法(ないし接合)については、十分に議論することができませんでした。この点については、また別の機会に言葉にまとめていきたいと思います。
解説論文の電子版は、Researchmapのポータルサイトからダウンロード可能です。私自身、楽しみながら執筆できましたので、是非、多くの方に読んで楽しんで頂きたいです。
中野佳裕
2021. 9. 16.