『脱成長と食と幸福』を刊行しました


訳者から読者の皆様へ1

時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。この度、訳書『脱成長と食と幸福』を白水社より上梓しました。御高覧頂ければ幸甚です。

セルジュ・ラトゥーシュの単著の翻訳はこれで6冊目となります。本書の制作にあたっては、翻訳技術を壱から学び直しました。原文の構文を解きほぐし、一語一語の意味と文法上の機能からくる含意を丁寧に訳出することで、直訳も意訳も避けることができました。訳者解説では、翻訳に際して行った技術的な工夫についても若干触れております。

また、かねてより音読した時のリズムを重視して文章を書いてきましたが、今回は言葉(音)を足すよりも引くことを意識しました。原稿用紙に鉛筆で仕上げた第一訳稿を読み返すと、言葉の息継ぎの場所が過去の原稿とは違っていて新鮮です。

本書の翻訳過程で考えたこと・学んだことの一部は、環境・平和研究会(2024年3月10日)の報告レジュメにまとめています2。関心のある方は Researchmapのポータルサイトから御覧ください。



解説は小生の十八番と言える方法で執筆しました。テクスト分析の手本となるよう、読解の手続きをひとつひとつ開示しています。(構成、文体、全体の色調については、クラシック音楽の楽譜に付されている楽曲解説をモデルにしました。)

読解に関して常々心掛けているのは、著者の思考に寄り添いつつ、その構造を明らかにしながら、テクストの未完の可能性を開いていくことです。

今回の解説では、冒頭を飾るロシ・ブライドッティ(Rosi Braidotti)の引用文に脱構築的読解の痕跡を残しました。ドゥルーズ派のフェミニスト理論家である彼女の著作3を突き合わせることで、本作で奏でられる脱成長の旋律を、フェミニズム幸福論やポスト・ヒューマン倫理、そしてスピノザ的な力能の哲学へと移調(transpositions)できるのではないかと期待しています。

読者の皆様には是非、本文・原註・訳註・解説の間を往復しながら本書の奏でる様々な音色(言葉)の世界を楽しんで頂きたいです。

それでは、楽しい読書を。Bonne Lecture!

中野佳裕

2024.8.29.


  1. このブログの文章は、本書見本を献本先に送付する際に添えた書簡を加筆修正した上で転載したものです。 ↩︎
  2. 中野佳裕「時間論としてのローカリズム:S・ラトゥーシュ『生きる技法としての節度ある豊かさ:幸福、ガストロノミー、脱成長』の翻訳を通じて考える」環境・平和研究会報告レジュメ、2024年3月10日 ↩︎
  3. Rosi Braidotti, Transpositions, Cambridge: Polity Press, 2006. ↩︎