熱波で原発を停止するフランス

欧州では8月8日以来、熱波が襲来している。フランスもその影響を受けており、各地の気温は40度を超えている。

熱波は経済生活にどのような影響をあたえているのか。2025年8月14日(木)付のルモンド紙の8~9面には、詳細な記事が複数掲載されている。その中のトップ記事「熱波は、経済活動に持続的な打撃を与える(La canicule, un coup de frein durable pour l’économie)」を紹介しよう1

同記事によると、屋根の防水加工や亜鉛版の加工作業などの屋外での労働の困難、農作業の効率性の著しい低下、断熱が不十分な屋内でのサービス従事者の疲労など、経済活動への様々な影響を上げている。

記事の中では、英国の信用保険会社Allianz Tradeが7月1日に発表した、熱波が与える労働生産性への負の影響に関する報告書も引用されている(*報告書へのリンクは、末尾の脚注2に掲載)。これによると「32度以上の猛暑1日は、半日分の労働ストに相当する経済的損失を生みだす」という2

なかでも小生の目を引いたのが、原子力発電所に関する報道だ。アン県ビュジェ原子力発電所の第2原子炉は8月9日から、また、北部の町グラヴリーヌでは原子炉4基が8月11日以降停止しているという。

原子力発電では、原子炉を冷却するために大量の水を利用し、冷却後の温排水は付近の河川に排出される。熱波の影響で、ただでさえ河川の水温が上昇しているなか、さらに原発施設から温排水が流れることで、河川流域の植物相と動物相に影響が生じることを防ぐために、原発の稼働を一時停止したということだ。

フランスは電力の約70%を国内の原子力発電で供給している。仏政府はこれまで、地球温暖化対策の名の下で原子力発電を推進する立場を維持してきた。ロシアによるウクライナ侵攻後は、欧州の地政学的状況を踏まえ、「エネルギー安全保障(la sécurité énergétique)」および「エネルギー主権(la souverainté énergétique)」の名の下で、原子力発電の重要性を一層強調するようになっている。

だが、原子力発電は、本当に地球温暖化対策として有効なのだろうか?

原子力発電の推進を正当化する際、火力発電等に比べて発電時に二酸化炭素を排出しない点がしばしば強調される。だが、既に経済学者・室田武などが長年指摘してきたように、発電所建設やウラン採掘の過程では大量の化石燃料が使用される。また、原子炉冷却のためには大量の水が必要とされ、冷却後の温排水は周囲の自然環境、特に水環境に直接的な影響を与える。総合的に検証すると、原子力発電は資源も浪費するし、環境も破壊する。

そして今回のフランスでの出来事が例証するように、熱波が襲った時には、原子力発電は電力の安定供給に寄与するどころか、周囲の環境への配慮から稼働停止となる場合もある。

欧州連合(EU)は数年前、フランスをはじめとする原発推進国の主張を反映し、原子力エネルギーを自然エネルギーと同様の「再生可能エネルギー」に分類する「EU Taxonomy」を採用した。しかし、原子力発電を「持続可能なエネルギー」と見なすこの態度は、抜本的に見直さねばならないのではないだろうか。

日本政府のエネルギー政策に対しても同様のことが言えるだろう。グリーン・トランスフォーメーション(GX)政策を推進する日本政府は、2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画において「原発回帰」を明確にした。仏政府同様、日本政府もまた、地球温暖化対策やエネルギー安全保障の名の下で原子力発電の重要性を強調する。

しかし、この度欧州を襲っている熱波は、地球温暖化の加速化が「温暖化対策としての原発」という前提自体を揺るがしている。フランスのこの事例を教訓に、脱原発の政策シナリオを本気で考える必要があるのではないか。

中野佳裕

2025. 8. 15.

  1. “La canicule, un coup de frein durable pour l’économie”, Le Monde, août 14, 2025, p. 8. ↩︎
  2. Allianz Trade, “What to watch: Global boiling – Heatwave may cost -0.5pp of GDP in Europe”, Allianz Research, July 1, 2025. ↩︎