多元世界とは何か?デザイン、人類学、未来を巡る座談会を振り返る

2020年12月3日、人類学、デザイン研究、批判的開発学、社会理論の諸分野で活動する5人の研究者・実践者がオンラインで集まり、コロンビア出身の人類学者アルトゥーロ・エスコバルの近著『多元世界のためのデザイン(Designs for the Pluriverse)』(1)について座談会を行った。

その時の記録が2021年3月15日と17日の2回に分けて、ウェブ雑誌『Cultibase』に掲載されたので、紹介しておく。

拡張するデザイン、もしくはデザインではない何かへ──「Designs for the Pluriverseを巡って:デザイン、人類学、未来を巡る座談会」前編 | CULTIBASE | 組織ファシリテーションの知を耕す。(2021年3月15日)

ものの見方や態度の変容を促す役割としての「デザイナー」へ──「Designs for the Pluriverseを巡って:デザイン、人類学、未来を巡る座談会」後編 | CULTIBASE | 組織ファシリテーションの知を耕す。(2021年3月17日)

私も登壇者の一人だったが、エスコバルの高度に理論的かつ分野横断的なこの本が海外で幅広い層に読まれ、アートから社会運動まで未来社会デザインの実践にヒントを与えている事実を知ることができ、とても刺激を受けた。

アルトゥーロ・エスコバルは、南米コロンビアの地域研究から出発した人類学者。欧米の開発学分野では、開発人類学(development anthropology)に代って「開発と近代の人類学的研究(anthropology of development and modernity)」という新しい分野を提唱したことで知られる。

1980年代後半にはイヴァン・イリイチの下に集まった開発批判の研究者たちと共同研究を行い、その研究成果として刊行されたヴォルフガング・ザックス編『脱「開発」の時代』に「計画(Planning)」(2)という論文を寄稿した。

エスコバルを世界的に有名にしたのは、1995年にプリンストン大学出版から刊行された『開発との遭遇──第三世界の形成と解体(Encountering Development: the Making and Unmaking of the Third World)』(3)である。同書ではミシェル・フーコーの言説分析を大胆に応用し、第二次世界大戦後の「開発」の時代を規定するエピステーメーを、近代の経済パラダイムの考古学的研究、開発経済学の専門家による権力─知の生産、およびラテンアメリカにもたらされた国際開発政策の統治性の分析を通じて明らかにしている。その上で、開発の時代を克服する新たな時代の展望として「脱開発(post-development)」を提唱。ラテンアメリカ各地のローカルな自律自治運動に表出される、西洋近代の経済・開発パラダイムを乗り越える文化の力に期待をかける。

その後、コロンビアの研究者たちと同国パシフィコ地域の内発的コミュニティ開発運動の研究を十数年かけて行う。その成果は、2008年にデューク大学出版から刊行された長編の単著『差異のテリトリー──場所、運動、生命、ネットワーク(Territories of Difference: Place, Movements, Life, Redes)』(4)において詳細にまとめられている。

同書では、理論面において過去の著作からの大きな飛躍が見られる。『開発との遭遇』では分析の対象は主に開発言説にあったが、『差異のテリトリー』ではマニュエル・デランダのアッセンブリッジ理論に代表される新しい実在論的社会存在論(realist social ontology)の視点を導入。現地のアフロディセンダントの社会運動に内在するエコロジカルな地域認識に注目し、脱開発的なコミュニティ実践を、近代主義的な開発プロジェクトの権力網とは異なる位相に「滑らかな空間(smooth space)」を創出し、地域の自律性を高める方向へとヒト─非ヒトの集合(アッセンブリッジ)を組み替える実践として捉え直している。特に、地域を構成する様々な関係性に形を与える論理として文化の役割が重視されている。(この点に関してエスコバルは、フランスの人類学者フィリップ・デスコラのnatureculture概念を採用し、自然と文化の二分法を乗り越えようとしている。)

この直後、エスコバルは21世紀最初の10年にラテンアメリカ諸国に出現した左派政権とその背景にあるオルタナティブ経済運動のダイナミズムを分析する研究論文をいくつか発表している。その一環として彼は、アルゼンチンの経済学者ホセ・ルイス・コラッジオとフランスの社会学者ジャン=ルイ・ラヴィルの編集で刊行された国際共同プロジェクト『21世紀の左派──北と南の対話』(5)に「開発批判から〈もうひとつの経済〉の考察へ――多元世界、関係性中心の思想」という論文を寄稿した。この国際共同プロジェクトの日本語特別編集版は、中野佳裕の編・訳で2016年10月に出版社コモンズから『21世紀の豊かさ──経済を変え、真の民主主義を創るために』(6)というタイトルで出版された。

2018年に刊行された『多元世界のためのデザイン』は、過去の著作に一貫して流れていた開発パラダイム批判と脱開発パラダイムの模索を、デザインという視座から再理論化した本である。

同書でエスコバルは、第二次世界大戦後の「開発」の時代を「近代のデザイン・プロジェクト」と定義し直し、それが依拠する西洋近代特有の二元論的存在論(dualist ontology)の限界を指摘する。二元論的存在論は「人間と他の生物」「文化と自然」「西洋と非西洋」など様々な二分法にしたがって世界を認識すると同時に、人間中心主義的・西洋中心主義的なヒエラルキーを導入する。20世紀後半の国際開発体制は、この二元論的存在論に基づいて社会をデザインするプロジェクトを世界化し、資本主義経済のグローバル化を推進してきた。

近代のデザイン・プロジェクトのグローバル化によって、有限な地球環境の持続可能性が失われてきている。したがって、持続可能な未来を創るための文明移行プロジェクトが必要とされているが、それはまさに、存在論的次元から近代のデザイン・プロジェクトを転換することに他ならない。エスコバルは、米国カーネギーメロン大学のデザイン研究を参照しながら、社会デザインの根本原理の転換を「トランジション・デザイン(transition design=以下、TD)」と呼ぶ。そして自らが探求してきた脱開発パラダイムを、TDを具現化するものとして位置づけなおす。

近代のデザイン・プロジェクトとしての開発が、西洋近代の普遍主義に基づいて「単一の世界」を構築しようとしてきたのに対して、脱開発トランジション・デザインが目指すものは、文化の多様性を再生する「多元世界(the pluriverse)」の構築である。上述した座談会では、この「多元世界」という概念を巡って、デザイン人類学、デザイン研究、批判的開発学の諸分野から意見交換を行った。

フランスの脱成長派の思想家セルジュ・ラトゥーシュもまた、近著『脱成長』(7)において「多元世界(pluriversalisme)」を提唱している。エスコバルの脱開発論とラトゥーシュの脱成長論は、ラテンアメリカとヨーロッパというそれぞれの立ち位置から、近代のデザイン・プロジェクトが前提としてきた普遍主義的世界観──単一の世界、単線的な進歩──を克服しようとしている。

20世紀末の経済グローバル化の言説に始まり、昨今ではAI技術の発展によるデジタル社会化の言説など、私たちはともすれば、単線的な進歩の思想に従って未来像を描く傾向にある。しかし、エスコバルの(そしてラトゥーシュの)提唱する多元世界という視座は、文化の多様性に基づいて人類の進化が多元的な未来に開かれる可能性を提示している。TDの研究は始まったばかりだ。今回紹介した座談会の記録を契機に、日本でもTDの研究と実践が進むことを期待したい。

中野佳裕

2021. 4. 8

参照文献

(1)Arturo Escobar, Designs for the Pluriverse, Durham and London: Duke University Press, 2018.

(2)Arturo Escobar, ‘Planning’ in Wolfgang Sachs, ed. The Development Dictionary: A Guide to Knowledge as Power, London: Zed-Books, 1992.

(3)Arturo Escobar, Encountering Development: the Making and Unmaking of the Third World, NJ, Princeton University Press, 1995.

(4)Arturo Escobar, Territories of Difference: Place, Movements, Life, Redes, Durham and London: Duke University Press, 2008.

(5)同書は、2014年にスペイン語版が、2016年にフランス語版が刊行された。スペイン語版原題──Jose Luis Coraggio y Jean-Louis Laville (organizadores). Reinventar la izquierda en el siglo XXI: Hacia un dialogo Norte-Sur. Buenos Aires, CLACSO/ Universidad Nacional de General Sarmiento, 2014;フランス語版原題──Jean-Louis Laville et Jose Luis Coraggio, (sous-dir.), Les Gauches du XXIe Siècle: Un Dialogue Nord-Sud. Paris, La Bord de l’eau, 2016.

(6)中野佳裕編・訳、ジャン=ルイ・ラヴィル、ホセ・ルイス・コラッジオ編『21世紀の豊かさ──経済を変え、真の民主主義を創るために』コモンズ、2016年。

(7)セルジュ・ラトゥーシュ『脱成長』中野佳裕訳、白水社クセジュ、2020年。