『カタツムリの知恵と脱成長』が出版社コモンズから刊行されたのが、ちょうど4年前の2017年12月。振り返ると、編集者・大江正章さんと一緒に制作した最初で最後の単著となった。
本書は、脱成長の多元的な思想の水脈を表現するカラフルでリズミカルな本を作りたいという思いから出来上がった。執筆にあたっては、自分が得意とする音楽制作と同じ手法を用いた。ノイズとループ、反響と転調、ミキシングの際の音量調整や音の空間配置などの発想を、そのまま言葉におけるメタファーや翻訳、文章執筆における場面転換のテクニックとして応用した。
脱成長の思想が生まれる異なる場所(トポス)を重ね書きしていく、その繰り返しの中で自分自身が探求したい学問的問題領域を発見していくことを試みた。企画から完成まで、本書のアイデアをデッサンし色付けしていく過程は、「自在」や「自由」を感じることができる自己解放の過程でもあった。これまで出版した本の中で、自分らしさが最も出ている作品だと思う。
メインとなる6つの章はすべて手書き。内容だけでなく、制作の全過程において「身体性」にこだわった。プロローグからエピローグまで通しで読んでも、あとがきや用語解説から本文へと遡及しても、何かしらの発見がある、そんな風に色んな仕掛けを盛り込んだ一冊である。
実は本書制作後、大江さんとは次の単著の構想を練っていた。「海の地域主義」をテーマにしたその作品は、当方の研究が遅々として進まず、また翻訳等の仕事も忙しくて、なかなか着手できないままでいた。そして2020年12月15日に大江さんは他界し、新しい単著を一緒に完成させる夢は果たせなくなった。
『カタツムリの知恵と脱成長』には、自分自身、読み返すたびに新しい発見がある。本書に散りばめたこの言葉、あの言葉を、今の自分なら、どのような色と音とリズムで変奏するだろうか、そう考えながら次の作品の制作に少しずつ向かい始めているこの頃だ。
海、場所、時間、ルーツ、技術、言語、手、足、心、記憶、共通感覚、コモン・センス、コモンズ、聖なるもの、境界、限度、そして制度・・・『カタツムリ~』を起点に考えを深めたいトピックは山ほどある。ただ一つ、わかっているのは、これら様々なトピックは、私がかつて生きてきた或る場所における或る経験に収斂するのだ。
中野佳裕
2021.12.16