「Cahier 思索日記」カテゴリーアーカイブ

新刊「今こそ民主的な未来」ご案内

Copyright: Y. Nakano

去る2025年11月7日~9日、オーストリアのウィーン大学で開催された国際会議「(Un)democratic Futures: Japan and the Global Trajectories towards an (Un)equal World」で研究報告を行いました。

同会議は、ウィーン大学を拠点とする学会 The Association of Social Scientific Japan Studies の年次大会として開催されました。同学会はドイツ語圏の社会科学分野の日本研究者を結ぶハブとして機能しています。南欧の研究者たちとコラボレーションする機会が多い小生にとっては、新鮮な経験でした。

今回の会議では、ドイツ語圏と日本から招待された研究者が一堂に会し、日本や世界の政治・ジェンダー・経済・社会・環境問題に関して理論研究と実証研究の双方から批判的な検証を行いました。

同会議の開催に合わせて、ウィーン大学東アジア・日本学研究所が刊行する学術誌「MINIKOMI: Austrian Journal of Japanese Studies」第90号が刊行されました。大会テーマとリンクした特集号で、日本語で「今こそ民主的な未来」というタイトルが付けられています。記述した会議に出席した日本の報告者が過去に日本語で刊行した(もしくは未刊行だった)論文の英訳/独訳が掲載されています。

小生は、人新世における玉野井芳郎の思想の可能性を検証した論文「The Regionalism of Tamanoi Yoshirō: Its Timeliness and Potential for the Anthropocene」を寄稿しました。日本平和学会2019年秋季大会で報告した学会論文に加筆修正を加えた内容です。学会報告論文が元となっているため、思考実験的な要素が多いですが、現在の小生の研究の基礎を構成する重要な問題群を提示しています。

オープンアクセスですので、関心のある方に広く読んで頂ければ幸いです。

中野佳裕

2025. 11. 12.


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熱波で原発を停止するフランス

欧州では8月8日以来、熱波が襲来している。フランスもその影響を受けており、各地の気温は40度を超えている。

熱波は経済生活にどのような影響をあたえているのか。2025年8月14日(木)付のルモンド紙の8~9面には、詳細な記事が複数掲載されている。その中のトップ記事「熱波は、経済活動に持続的な打撃を与える(La canicule, un coup de frein durable pour l’économie)」を紹介しよう1

同記事によると、屋根の防水加工や亜鉛版の加工作業などの屋外での労働の困難、農作業の効率性の著しい低下、断熱が不十分な屋内でのサービス従事者の疲労など、経済活動への様々な影響を上げている。

記事の中では、英国の信用保険会社Allianz Tradeが7月1日に発表した、熱波が与える労働生産性への負の影響に関する報告書も引用されている(*報告書へのリンクは、末尾の脚注2に掲載)。これによると「32度以上の猛暑1日は、半日分の労働ストに相当する経済的損失を生みだす」という2

なかでも小生の目を引いたのが、原子力発電所に関する報道だ。アン県ビュジェ原子力発電所の第2原子炉は8月9日から停止しており、北部の町グラヴリーヌでも原子炉4基が8月11日以降停止しているという。

原子力発電では、原子炉を冷却するために大量の水を利用し、冷却後の温排水は周辺の河川に排出される。今回これらの原発が停止したのは、熱波の影響で、ただでさえ河川の水温が上昇しているなか、さらに原発施設から温排水が流れることで、河川流域の植物相と動物相に悪影響が生じることが懸念されたからだ。

フランスは電力の約70%を国内の原子力発電で供給している。仏政府はこれまで、地球温暖化対策の名の下で原子力発電を推進する立場を維持してきた。ロシアによるウクライナ侵攻後は、欧州の地政学的状況を踏まえ、「エネルギー安全保障(la sécurité énergétique)」および「エネルギー主権(la souverainté énergétique)」の名の下で、原子力発電の重要性を一層強調するようになっている。

仏の国際政治学者アドリアン・エステーヴは『環境地政学』(白水社文庫クセジュ、2025)において論じているように、国際システムのアクターは近年、自らの問題関心を気候変動に関連付けることによって国際環境ガバナンスにおける位置取りとアイデンティティを獲得しようとしている。これら仏政府の一連の動きは、エネルギーを「気候変動問題化」および「安全保障化(セキュリタイゼーション)」することで原子力発電に環境ガバナンスの視点から新たな意味を付与している。「エコロジー権力」の一つの現れであると考えられるだろう。

だが、原子力発電は、本当に地球温暖化対策として有効なのだろうか?

原子力発電の推進を正当化する際、火力発電等に比べて発電時に二酸化炭素を排出しない点がしばしば強調される。だが、既に経済学者・室田武などが長年指摘してきたように、発電所建設やウラン採掘の過程では大量の化石燃料が使用される。また、原子炉冷却のためには大量の水が必要とされ、冷却後の温排水は周囲の自然環境、特に水環境に直接的な影響を与える。総合的に検証すると、原子力発電は資源も浪費するし、環境も破壊する。

そして今回のフランスでの出来事が例証するように、熱波が襲った時には、原子力発電は電力の安定供給に寄与するどころか、周囲の環境への配慮から稼働停止となる場合もある。

欧州連合(EU)は数年前、フランスをはじめとする原発推進国の主張を反映し、原子力エネルギーを自然エネルギーと同様の「再生可能エネルギー」に分類する「EU Taxonomy」を採用した。しかし、原子力発電を「持続可能なエネルギー」と見なすこの態度は、抜本的に見直さねばならないのではないだろうか。

日本政府のエネルギー政策に対しても同様のことが言えるだろう。グリーン・トランスフォーメーション(GX)政策を推進する日本政府は、2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画において「原発回帰」を明確にした。仏政府同様、日本政府もまた、地球温暖化対策やエネルギー安全保障の名の下で原子力発電の重要性を強調する。

しかし、この度欧州を襲っている熱波は、地球温暖化の加速化が「温暖化対策としての原発」という前提自体を揺るがしていることを示唆している。フランスのこの事例を教訓に、脱原発の政策シナリオを本気で考える必要があるのではないか。

中野佳裕

2025. 8. 15.

  1. “La canicule, un coup de frein durable pour l’économie”, Le Monde, août 14, 2025, p. 8. ↩︎
  2. Allianz Trade, “What to watch: Global boiling – Heatwave may cost -0.5pp of GDP in Europe”, Allianz Research, July 1, 2025. ↩︎