「Cahier 思索日記」カテゴリーアーカイブ

新型コロナウイルス:ヴァンダナ・シヴァから学ぶ

インドのフェミニストで環境活動家、有機農業推進者のヴァンダナ・シヴァさん。彼女をフィーチャーした2014年の映像作品『いのちの種を抱きしめて』(ゆっくり堂)の中のある言葉を思い出しました。
「経済システムは私たちを見捨てるかもしれない。しかし、地球は私たちを見捨てません。」
経済グローバル化の構造的矛盾が露呈した2008年金融危機後の世界状況を踏まえての発言なのですが、新型コロナウイルスの世界的流行で動揺する現在においても、この言葉から学べることはあるのではないでしょうか。
地球は人間の生命を支える母体であり、40億年の歴史をもっています。人類誕生のはるか昔から数限りない微生物を生み出しました。様々なウイルスも、人類史の尺度を超えた微生物の進化の歴史の中で発生し、人間社会と自然環境との相互作用の過程の中で人間に感染するようになりました。ヴァンダナ・シヴァに倣って、その地球が「私たちを見捨てない」というのなら、私たちとウイルスの関わりはどうあるべきなのでしょうか?
今回のパンデミックに関して、ウイルスに対する「戦争」を宣言する言説が各国政府から発せられています。そこまではいかなくても、ウイルスを「撲滅」するとか「封じ込める」といった言葉が流通しています。まるで現代社会をまるごと無菌状態にするのが理想であるかのように、人類がウイルスに「打ち勝つ」ことができるかのような言説が広がっている。
そのようにウイルスを忌避し、徹底的に除去しようとする態度と圧力が、ブーメランのように社会の中を巡っており、感染・保持のリスクがあるかもしれない人間や対象物を徹底的に管理・除去・遠ざけようという差別と排除の力学が働いています。その結果、感染者のいのちを守るために最前線で活躍する医療従事者に対する差別が起こるという不条理な現象まで生じています。(もちろん、公衆衛生的観点から最低限の消毒を行うことは重要ですし、隣人への最低限の配慮としてのソーシャル・ディスタンシングなどの対処法は否定しません。)
政府は「社会を守るために」「生命(いのち)を守るために」と言って管理や自粛要請を強めますが、新自由主義政策の下で既に亀裂が入っている社会の分断は一層深まり、社会的弱者はますます周辺化し、困窮化しています。ウイルスに対する態度が、そのまま現在の経済・社会システムにおける排除と差別と分断の論理を強化しており、多くの人間が見捨てられています。
ウイルスを根絶することは簡単ではありません。人間はウイルスとうまく付き合っていくしかありません。パンデミックが起こるたびに今回のような監視社会化と社会的分断を強める対策を行い、人間一人一人の自律性を抑制するようなことを繰り返していると、社会の活力や「溜め」──その基礎となるのは隣人やコミュニティ、政治に対する信頼です──を維持していくことはできるのでしょうか。数十年後にまた同じような感染症が起こった時に、私たちの社会は持ちこたえるだけの「柔軟な耐久力(レジリエンス)」を備えていられるでしょうか。
ウイルスに対する態度は、現代社会における他者との関わり方を映す鏡となっています。ウイルスに対する恐怖が社会における他者への恐怖を強化するという悪循環こそを断ち切らねばなりません。
ヴァンダナ・シヴァさんの「アース・デモクラシー」という考えを手引きに、地球生命誌の一部であるウイルスと人間との「程よい共生の道」を模索する必要があるのではないでしょうか。
2020年4月17日

庶民のしたたかな自律性

太平洋戦争終了直後、渋沢敬三と宮本常一は日本各地の農村を訪れ人々の暮らしの現状把握に努めた。二人が最も印象を受けたのは、どこに行っても、「やれやれ、これで仕事ができる」と黙々と日常の生業に戻って汗水流して勤勉に働く人々の姿だった。まるで戦中の統制がなかったかのように・・・。「これで日本は大丈夫だ」と二人は安堵したという。このエピソードは、戦中の全体主義の時代においても日本の庶民の世界が完全には自律性を失っていなかったこと、むしろ庶民は国家に対して「したたかな距離感」を何らかの方法で維持していたことを物語っている。そのような庶民の世界は当時、国家と個人が直接つながらない、コモンズの豊かな世界でもあった。
 緊急事態宣言が発令され、その影響はパンデミック終息後の社会の仕組みを大きく変えるであろうことが様々なメディアで懸念されている。敬三、常一がかつてみた日本の庶民の世界のこのしたたかな自律性を、我々は未だ持っているだろうか。持っているとすれば、それをどのように活かしていけばよいだろうか。また既に失ったとすれば、なぜ失ってしまったのだろうか、それを再生するにはどうすればよいだろうか。この一連の問いを今から考えていくことが、日本の未来を考える際の鍵となるのではないだろうか。
2020年4月8日