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研究者。PhD。専門は社会哲学、開発学、平和研究。社会発展パラダイムを問いなおし、持続可能な未来社会を構想するコミュニティ・デザイン理論の研究を行っている。脱成長、脱開発、トランジション・デザインがキーワード。 Researcher: Areas of specialization are social philosophy and critical development and peace studies. Working on community designing in line with the ideas of degrowth, postdevelopment and transitions design.

新刊『脱成長がもたらす働き方の改革』


2023年11月末に拙訳『脱成長がもたらす働き方の改革』(セルジュ・ラトゥーシュ著、白水社)が刊行された。テーマは「労働と脱成長」。後期近代社会における労働パラダイムの危機から抜け出す道として脱成長を論じている。

原題は、Travailler moins, travailler autrement ou ne pas travailler du tout : labeur et décroissance (Paris, Editions Payot & Rivages, 2021)。直訳すると、「より少なく働くか、別の方法で働くか、もしくはまったく働かない──労働と脱成長」となる。脱成長がもたらす労働の意味の地平の変容を、3つの段階でに分けて考察している。

各章は原題で示される各段階に対応しており、議論は「より少なく働く」(第1章)、「別の方法で働く」(第2章)、「まったく働かない」(第3章)、「その後」(エピローグ)と進む。著者ならではのエスプリ(機知)に富んだ構成である。

詳細は訳書に付した解説を読んで頂きたいが、この思索日記では読解の手助けとなる補助線を紹介しておこう。


1.後期近代の労働の在り方を問う。

まず、本書で考察の中心となるのは、後期近代社会における労働の在り方である。欧米先進諸国では1970年代以降、賃労働は尊厳ある生活を保障する条件ではなくなってきている。特に新自由主義イデオロギーの下で導入された労働市場の規制緩和は、労働の不安定化/フレキシブル化を加速化させ、産業革命期を彷彿させる新たな階級問題を生じさせている1

本書で著者は、1980年代以降の現代フランス政治における労働政策の迷走ぶりを批判しながら、労働中心主義的な社会から抜け出す道を模索している。著者が主に依拠するのは、ポリティカル・エコロジーの先駆者アンドレ・ゴルツの著作だ。エコロジーと社会主義を融合させながら脱労働中心社会の道を模索するゴルツの思想を、気候危機の克服を目指す脱成長シナリオの中で深化させようとしている。

第1章「より少なく働く」では、ゴルツの1991年の著作『資本主義・社会主義・エコロジー』(原題:André Gorz, Capitalisme, Socialisme, Ecologie, Paris, Gallée, 1991)を援用しながら、従来の気候変動対策の議論がしばしば陥る「環境か、雇用か」という二項対立図式を乗り越えようとする。左派の社会民主主義者が提案するケインズ主義的な消費刺激策に代わって脱成長が提案するのは、法定労働時間の大幅短縮による自由時間の増加、そして経済の再ローカル化による環境負荷の低い地域社会の構築だ。生活の中で労働時間の占める割合を大胆に削減し、消費依存から脱却することで、生活の質と地球の健康(プラネタリー・ヘルス)を同時に高める戦略である。

この章の議論はゴルツの著作に頼りすぎている嫌いがあるものの、著者独自の思考に光るものがある。特に「脱成長の8つの再生プログラム(8R)」を労働政策の文脈で変奏する箇所は、読者の想像力を刺激するにちがいない。例えば『脱成長』(拙訳、白水社クセジュ、2020)で「8R」は理念型として紹介されるに過ぎなかったが、本書では労働政策と生活の質を転換するための戦略として、より具体的な文脈で議論されている。訳者である私が巻末の解説で本書を「脱成長の各論」と形容したのも、このような理由からだ。

第2章は南側諸国(特に西アフリカ社会)のインフォーマル経済/労働の考察を通じた労働パラダイムの脱構築である。ラトゥーシュの著作に慣れていない読者にとっては、この章がもっとも読みにくいかもしれない。しかし、アフリカ研究者だった著者にとって、この章で展開されているインフォーマル労働をめぐる認識論的考察こそが、彼の思想の原点であると言えるだろう。解説・訳注を参照にしながら是非読んで頂きたい。

第3章は技術革新と労働の問題である。新自由主義社会の下で支配的な言説は、新技術の普及による労働の終焉というテーゼである。右派も左派も囚われているこのテーゼを、著者は脱成長の観点から批判的に検証している。特にCOVID-19のパンデミック以降急速に普及するテレワークの負の影響をグローバル・ヒストリー/グローバル政治経済学の視座から明るみに出している箇所は、はっとさせられるものがあるだろう。

フランスや日本をはじめ、多くの先進諸国ではテレワークによる働き方改革を肯定的に捉える世論が強い。だが、この趨勢に反して、著者はテレワークのプラスの面を認めつつも、その負の側面を先進国内やグローバル経済における格差と不均等性に注目して検証している。後期近代資本主義社会における新たな階級問題を念頭に置くからこその議論だと言える。

本書におけるラトゥーシュの議論の背景を理解するためには、ドイツの社会学者ウルリッヒ・ベックの『リスク社会』(原題:Ulrich Beck, Risikogesellschaft, Suhrkamp, Frankfurt,1986/ 英訳 The Risk Society: Towards a New Modernity, London: SAGE Publication, 1992)が参考になる。特に労働とリスク社会に関する章を重点的に読まれたい。

また、ハルトムート・ローザ著『加速する社会:近代における時間構造の変容』(出口剛司・監訳、福村出版、2022)(英訳:Hartmut Rosa, Social Acceleration: A New Theory of Modernity, New York: Columbia University Press, 2015)は、リスク社会論やニコラス・ルーマンの社会システム論を「社会システムの加速化」という視座から再フレーミングする重要書だ。『加速する社会』では、グローバル化による社会的加速によって引き起こされる生活の変容が考察されている。後期近代の労働問題の深度を理解する手引きとなるだろう。


2.弁証法で進む著者の論理的思考を追う

本書は私が翻訳を手掛けたラトゥーシュの著作の中でも、特にとっつきにくい内容だと思う。主な理由としては、現代フランス政治、特に労働政策をめぐる論争の歴史的背景に関する予備知識が必要であることが挙げられる。この点については、訳注と解説で可能な限り背景を説明した(もちろん、専門的な目で見ると、最新の社会運動や政策論争の細かな動きの説明が不足しているだろうが・・・)。

しかし、それだけではない。本書のとっつきにくさの大きな要因は、著者の論理的思考にあるのではないだろうか。本書で著者は、弁証法の手法を全面的に取り入れている。自身のテーゼ(脱成長)を確立するために、まず、各トピックに関して反テーゼ(学問/政策における論敵)を措定し、それらを論駁しながら段階的に自らのテーゼの全体を明らかにしようとしてする。時にはそれが仲間であるはずの他の脱成長論者を批判する形で展開するために、読者は著者の議論の展開を追うのに忍耐力を必要とする。特に今回の内容は、現代フランス政治における労働問題という特殊領域であるゆえに、論旨を把握するのに苦労するはずだ。

名古屋大学の渡邉雅子氏は、近著『「論理的思考」の社会的構築』(岩波書店、2021)において、第二次世界大戦後のフランスの学校教育で弁証法による論述が思考のスタイルとして定着するようになった歴史的背景、および弁証法的論述の特徴を、フランス革命後の同国の学校教育の発展史を踏まえて研究している。渡邊氏によると、フランス語の弁証法的論述では、自身のテーゼとかけ離れ過ぎない程度の反テーゼを複数措定し、それら異なる視点と対話を進めることで徐々にテーゼを確立するスタイルをとる。そのため、弁証法で書かれたフランス語文章には「alors que(~の一方で)」「mais(だが、しかし)」といった表現が多用され、自身のテーゼを反テーゼで返したり、その逆を行ったりなど、様々な迂回を経て議論が進むという。つまり、議論が直線的には進まないのである。

実際、本書でラトゥーシュはかつてないほど「alors que」「mais」「même si」という表現を多用し、一文の中で視点が二転三転するような文章を書いている。さらに動詞も条件法現在が頻繁に登場し、断定的な判断を避けるニュアンスを置いた推測的表現が使われている箇所が多い。

したがって、各章で展開される弁証法的論述の構造を掴めば、著者の議論の行き先を見失うことなく本書を読み進めることができるはずである。

  • 序章・・・ 反テーゼ:現代フランス政治、特に第1次マクロン政権における労働政策
  • 第1章:より少なく働く
    • 反テーゼ(1):主流派経済学/第1次マクロ政権の経済政策
    • 反テーゼ(2):フランス社会民主主義の代表クリストフ・ラモーのケインズ主義的対案
    • 反テーゼ(3):一部の脱成長派の分析に欠ける議論
    • 反テーゼ(4):仏政府・欧州連合のエコロジカル・トランジション政策
  • 第2章:働き方を変える
    • 反テーゼ(1):自由主義者ヘルナンド・デ・ソートのインフォーマル経済論
    • 反テーゼ(2):マルクス主義経済学者のインフォーマル経済論
    • 反テーゼ(3):新自由主義の下でのアソシエーション運動(連帯経済、サード・セクター経済 etc)
  • 第3章:まったく働かない
    • 反テーゼ(1):人工知能(AI)など技術革新による労働の解放というテーゼ(特に、ジェレミー・リフキンの「労働の終焉」テーゼ)
    • 反テーゼ(2):左派資本主義批判における技術至上主義的言説(マルクス、ゴルツ、エリュール etc)
    • 反テーゼ(3):ミルトン・フリードマンの新自由主義的ベーシック・インカム論
    • 反テーゼ(4):欧州左派のベーシック・インカム論
    • 反テーゼ(5):脱成長派のベーシック・インカム論
  • エピローグ:その後
    • 反テーゼ:崩壊学派(collapsologie)の文明崩壊論

以上の構成を念頭に置きつつ、さらに訳注と解説を手引きとすれば、本書の内容をかなり把握することができるはずだ。読解の手引きとされたい。

中野佳裕

2023. 12. 17.


  1. フランスにおける新たな階級闘争の構造については、エマニュエル・トッド『21世紀フランスの階級闘争(未邦訳)』(原題━Emmanuel Todd, Les Luttes de classes en France au XXIe siècle, Paris: Le Seuil, 2020)が手引きとなる。 ↩︎

公開講演「幸せのエコロジー」

「幸せな生活は、エコロジー危機の解決の条件となる」

11月下旬より、立教大学21世紀社会デザイン研究科は、イタリア「幸せの経済学派」の代表的研究者ステファノ・バルトリーニ氏を招へい研究員として迎えます。滞在期間中に公開講演を2回開催する予定です。

第2回講演は12月16日(土)に開催されます。気候危機の克服のためにポスト成長社会への移行を考察する近著『幸せのエコロジー:より良く生きることが地球を救うのはなぜか』(Aboca 出版、未邦訳)についてお話して頂きます。お申し込み方法など詳細は、公式ウェブサイトを御覧ください。


公開講演会「幸せのエコロジー:持続可能な社会をつくるために、現在世代が幸せになる必要があるのはなぜか?」


日時:2023年12月16日(土)14:00~16:00 

場所:立教大学池袋キャンパス 本館2階1201教室


概要

21世紀に入り人類は経済・社会・政治・環境における複合的な危機を経験しており、際限のない経済成長を社会の進歩の指標としてきた20世紀型の開発パラダイムの方向転換を求める声が世界の各地で現れている。欧州では2008年米国発金融危機を契機に「ポスト/脱・経済成長社会」への移行を求める声が急速に高まり、学術的研究も本格化した。近年の気候危機の加速化および新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行はその流れを後押ししており、いまや「ポスト成長/脱成長」は未来社会デザイン研究のキーワードとなっている。

本講演では、イタリアで脱成長社会デザインをめぐる議論を牽引しているステファノ・バルトリーニ氏(シエナ大学)をお迎えし、近著『Ecologia della Felicità(幸せのエコロジー)』(出版社Aboca、未邦訳)の内容を中心にお話して頂く。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行の時期に刊行された本書は、気候変動やパンデミックに代表されるエコロジー危機を克服するための社会デザイン・シナリオを提案している。持続可能な社会への移行を実現するためには現在世代の幸福度を高める必要があると主張する著者の議論は、「ポスト成長/脱成長」をめぐる欧州の議論の中でもユニークな位置を占める。本講演では、著者の最新の研究成果と考察を踏まえてお話していただく。


講師

2023年度立教大学招へい研究員、イタリア・シエナ大学経済学統計学部准教授
ステファノ・バルトリーニ(Stefano Bartolini) 氏


専門は政治経済学、環境と開発、幸せの経済学。経済発展過程における社会関係資本の衰退が諸国民の幸福度や心身の健康に与える影響について、主に欧米諸国と新興工業国(中国、インド)を事例に研究している。持続可能な社会の条件として「社会関係の豊かさ」に注目し、多様な社会関係財の生産を通じたコモンズの再生を提案。都市公共空間、学校教育、働き方、メディア産業、医療制度に対する政策提言を行っている。「公共の幸せ」を理念とするイタリア独自の市民経済思想の流れを汲むその研究は、国連『世界幸福度報告2015年度版(World Happiness Report 2015)』で紹介された。
金融危機下の2010年にイタリア語で刊行された主著『幸せのマニフェスト』は本国で話題書となり、これまでフランス語、アルバニア語、日本語、英語に翻訳されている。近年著者は社会関係と幸福度に関する研究を環境の持続可能性に応用する研究を行っており、2021年にイタリア語で単著『Ecologia della Felicità(幸せのエコロジー)』(出版社Aboca、未邦訳)を刊行した。


講師、司会

中野佳裕(立教大学21世紀社会デザイン研究科特任准教授)

主催

立教大学21世紀社会デザイン研究科


中野佳裕

2023. 11. 9.