庶民のしたたかな自律性

太平洋戦争終了直後、渋沢敬三と宮本常一は日本各地の農村を訪れ人々の暮らしの現状把握に努めた。二人が最も印象を受けたのは、どこに行っても、「やれやれ、これで仕事ができる」と黙々と日常の生業に戻って汗水流して勤勉に働く人々の姿だった。まるで戦中の統制がなかったかのように・・・。「これで日本は大丈夫だ」と二人は安堵したという。このエピソードは、戦中の全体主義の時代においても日本の庶民の世界が完全には自律性を失っていなかったこと、むしろ庶民は国家に対して「したたかな距離感」を何らかの方法で維持していたことを物語っている。そのような庶民の世界は当時、国家と個人が直接つながらない、コモンズの豊かな世界でもあった。
 緊急事態宣言が発令され、その影響はパンデミック終息後の社会の仕組みを大きく変えるであろうことが様々なメディアで懸念されている。敬三、常一がかつてみた日本の庶民の世界のこのしたたかな自律性を、我々は未だ持っているだろうか。持っているとすれば、それをどのように活かしていけばよいだろうか。また既に失ったとすれば、なぜ失ってしまったのだろうか、それを再生するにはどうすればよいだろうか。この一連の問いを今から考えていくことが、日本の未来を考える際の鍵となるのではないだろうか。
2020年4月8日