「Cahier 思索日記」カテゴリーアーカイブ

研究履歴の整理と紹介

この数年、大学院教育に従事している関係で、自身が大学院に在籍していた頃に学んでいた研究分野を振り返る機会が増えました。私が英国の大学院で修士論文・博士論文に取り組んでいたのは2001~2008年の間です。大学院生活は9・11米国同時多発テロと共に始まり、サブプライム危機のただ中に修了しました。当時の私は、新自由主義グローバル化と開発に異議申し立てするトランスナショナルな社会運動に関心があり、その複雑な力学を分析する方法論として政治理論/国際政治理論/人類学におけるポスト構造主義に注目していました。そこで、博士課程の途中までは、ミシェル・フーコーやエルネスト・ラクラウの言説分析を学びながら、欧州や南米で展開していたグローバル・ジャスティス運動の事例研究を行っていました。

欧州、南米、南アジアの各都市で組織されていたグローバル・ジャスティス運動や反戦運動のデモや集会に参加し、ストリートの中に自律自治空間を作りながら政治理論や哲学の実践的な可能性について、その場で出会った様々な人々と議論していきました。なかでも貴重だったのが、ブラジルで出会った同世代のアマゾン先住民の青年たちとの出会いでした。彼らが自分たちの土地の開発問題と向き合うその姿勢から、私は自分の故郷の開発問題との向き合い方を学びました。

社会運動に参加しながらこの世界について理論的に考える経験は、私自身の学問の方法論と精神性の基礎に大きな影響を与えました。抵抗運動やオルタナティブ社会空間を創出する社会的実験/実践の中から概念や思考の方法を紡ぎだしていく。その経験を通じて、フーコー、デリダ、ラクラウなどの思想がストンと身体感覚的に理解できるようになりました。「ポスト構造主義やポストコロニアル理論は、行為を促す実践的な理論なんだな」と。

しかし、次第に私の関心は、ポスト構造主義を社会科学研究に応用するよりも、哲学・思想の研究に傾いていきました。当時の指導教官は私のその思考のクセを見抜き、博士論文を哲学・思想研究に特化するようにアドヴァイスしてくれました。そのおかげで、これまで英国で研究されてこなかったセルジュ・ラトゥーシュの思想に関する学位論文を仕上げることができました1

帰国後はラトゥーシュの思想を中心に脱開発・脱成長パラダイムの研究を専門的に行ってきました。今では脱成長パラダイムの研究者として国内外から依頼を受けることが多くなりました。しかし、よくよく振り返ると、私がこれまでカバーしてきた研究領域はもっと広く、特に開発とグローバル化の権力構造を研究する「批判開発学(critical development studies)」分野を中心に多様な理論やトピックを学んできました。近年、大学院で様々な講義を担当する中で、自分の研究のコアにあった(しかし、帰国後は半ば封印していた)フーコーの言説分析、エルネスト・ラクラウの言説理論、その他のポスト構造主義政治理論を学びなおす機会を得ました。

2000年代半ばに起こった人文・社会科学の「存在論的転回」以後、ポスト構造主義はあまり注目されなくなりました。しかし改めて勉強し直すと、人新世や文明移行をめぐる諸言説の配置と抗争、パンデミックや気候危機の下で新たに編制される生政治/統治性の研究など、現代的問題に接近するための強力な視座と分析道具を提供してくれます。また、脱成長についても、研究の国際化と多様化が進む中、言説の「考古学的分析」(フーコー)が必要とされるのではないでしょうか。

そこで、過去に研究してきた理論・方法論・研究トピックを整理し、現在の研究との接点を確認してみようと思うようになりました。

下記の表は、主に海外の研究者に私の研究領域を紹介するつもりで作成してみました。英語のプロフィール・サイトにも掲載しました。


中野佳裕

2024. 05. 25.

  1. 詳しくは、拙著『カタツムリの知恵と脱成長:貧しさと豊かさについての変奏曲』(コモンズ、2017)をご参考下さい。 ↩︎

脱成長、脱植民地主義、複数の未来


脱植民地性(decoloniality)をテーマにした新しい雑誌

この度、小生へのインタビューが収録された雑誌『Decolonize Futures 複数形の未来を脱植民地化する』第2号が刊行されました。日本語・英語のバイリンガルで編集されています。

この雑誌は、2024年1月に創刊されました。雑誌のテーマは、脱植民地性(decoloniality)。ポストコロニアリズム、先住民運動、フェミニズム、気候正義運動など、脱植民地化をめぐる様々な問題群を扱います。雑誌の編集は、気候正義運動などに参加したことのある若手が手掛けています。今年1月に小生が主宰した研究会では、編集者の一人・酒井さんが、雑誌創刊に至る経緯を報告してくださいました。

毎号、脱植民地理論(decolonial theory)の専門家や実践家たちのインタビューを掲載しています。創刊号では、ニューヨーク市立大学リーマン校のラローズ・T・パリス教授の講演録が掲載されました。

脱成長と脱植民地主義:社会デザインの二大思潮の対話

第2号のテーマは脱植民地化と環境危機。小生は脱成長の視座から脱植民地主義の思想と実践に接近しています。インタビューでは、第二次世界大戦後の国際開発の歴史を振り返りながら、脱植民地主義をめぐる議論を4つの段階(政治、経済、文化表象、知識)に分けて整理しています。その上で、新自由主義と消費社会のグローバル化の関係、脱成長の主要テーマ、日本の脱成長/脱植民地主義の思潮について議論しています。

では、ここでインタビューの内容を少しだけ抜粋して紹介しましょう。

「長年フランスの脱成長論を追いかけている私から見ると、脱成長は本来、知の脱植民地主義を志向する思想であり社会運動です。」(『Decolonize Futures』Vol. 2, 45頁)

「学問の言葉が実際の社会運動を支配しない方が健全で、むしろ両者は相互に影響を与え合うけれどそれぞれが自律的であることが大事であると思います。」(『Decolonize Futures』Vol. 2, 49頁)

「学問、なかでも社会科学のような学問は何のためにあるかというと、一人一人の詩的なイマジネーションの自由な働きを社会生活の中で担保するために、支配的な物の見方や言葉と戦うためのツールを提供するためにあるのだ、と私は考えています。」(『Decolonize Futures』Vol. 2, 51頁)

話題は多岐にわたりますが、インタビュー全体を通して、脱成長のメイン・テーマである「想像力の脱植民地化」について様々な角度から触れています。

雑誌は電子版とプリント版の両方が利用可能です。